2012-07-30 Mon
毎日暑いですね。先日のインターネット句会の特選句について、
吉田林檎さんが句評を書いてくださいました。
一升瓶提げし人行く青田かな 利行
田植えをした苗が伸び、青々とした田んぼ。
その間の道の先には一升瓶を提げた人。
遠目にも一升瓶とわかるのだから、袋などには入っていないのだろう。
地元の寄りあいなのか、親戚が集っているのか、
いずれにしても今年の豊作を祈りつつ気のおけない仲間と
これから楽しい宴会が繰り広げられるのだから、足取りも軽いに違いない。
音のせぬ鍵盤ひとつ梅雨深し 泉
梅雨が続き、家にこもりがちになる。
日頃から音の出ない鍵盤があることは認識しており、
早く修理しなくてはと思いつつ延び延びになっている。
いつもなら「まあいいか」と見過ごしてしまうようなことでも、
梅雨が深まってふさぎがちな気分の折にこういうことに接すると
いつも以上に気になってしまうのだろう。
鍵盤を沈めるという行為も梅雨深い気分と重なっている。
顎紐を取り替へておく夏帽子 ゆかり
虫をおいかけたり、鬼ごっこをしたり、夏の遊びはとにかく活動的だ。
昨年の夏も顎紐がゆるくなるまで走り回り、遊びつくしたのだろう。
今年もそうなることはわかっている。
母親としてはむしろそれを願っているに違いない。
「顎紐を取り替」えるという行為は「今年の夏もとことん遊びなさい」という
メッセージそのものなのだ。
日焼けして赤子この世の子となるや 桂子
生まれたばかりの赤ん坊は正直なところ人間という感じがせず、
どこかの世界からの借り物という感覚があった。
やわらかい肉の塊。それが日焼けすることで自分に近い存在になったと感じた。
その感覚を「この世の子となる」という簡潔な表現でいい表している。
「や」の語尾にはこれからもっと「この世の子」となっていく将来への希望も感じられる。
父の日や味方はひとり居ればよく 茉莉花
忘れられがちな父の日。
娘だけが唯一覚えていて、さりげない心遣いを見せた。
大勢からちやほやされなくても、たった一人の大切な人が気にしてくれていれば
それは最高に幸せなことだ。
また、その娘にしてみても「私がいるから」という充足感を覚えているかもしれない。
どちらの立場であるとしても、日常のちょっとした満足感を思い出させてくれる。
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